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万華鏡

例えばそれがまやかしだとしても

市場三郎から早1年

突然だけど、濱田くんのお芝居が好きだ。それはわたしがまだ濱田担と名乗る前、タフィーで濱田くん演じるトシローを初めて見た日からずっと。

役者さんのお芝居には幾つかのタイプがあります。わたしは濱田くんのことを憑依型の役者だと思っていました。あーだこーだ頭で考えて演じてみるけれど、あるタイミングで役がスッと降りてきてその人物になる。だから役が降りるまでに時間がかかるからスロースターターだし、役を生きてるからその日の気分によって演技も変わってしまう。そんなタイプだと思っていました。濱田くんの場合、所謂悪役と呼ばれる役を演じる時に特にそれを強く発揮するような気がします。滝沢歌舞伎の黒影、少年たちの看守長なんかはまさにそれを実感出来るのではないでしょうか。(悪役ではないけれど大和三銃士の花輪嵐が個人的にはイチオシ!)
しかし市場三郎はいつもとは違い、市場三郎というひとを濱田くんが演じていました。確実にいつもの濱田くんのお芝居ではなかった。でも確かに板の上には市場三郎くんが生きていました。濱田くんではなく、三郎くんのとある日常が切り取られていました。自分で言ってても少し矛盾してるなと思うけれど、実際すごく不思議な感覚だった。でもこの舞台ではその役作りの方があっていたのだと思います。繊細且つ大胆な笑いの中には緻密に作り上げられた濱田くん演じる市場三郎がピッタリはまっていました。アカペラにアクションにアクロバット、濱田くんのあの澄んだ歌声。そして現代劇のはずなのに、隠しきれない濱田くんの昭和感(笑)

市場三郎という男は、まるで濱田くんのようなひとでした。もちろん濱田くんとは似ても似つかぬ部分もたくさんある。でも当て書きだよと言われれば頷けるような人物でした。むしろこれで当て書きじゃないなんて…!と思うほど。でも共演者のシューレスさんが、【最初から三郎がハマリ役だったわけじゃなくなく、はまちゃんがちゃんとハメたんだよ】とブログで話して下さった通り、やっぱりこれは濱田くんが全身全霊で演じきったからこその市場三郎。真面目で一生懸命、世間知らずで人を疑うことを知らない。一見弱々しく頼りなく見えるけれど、実は芯がしっかりしていて真っ直ぐで強いひと。市場三郎のテーマという劇中歌にもあるように、弱気を助け強気をくじく粋な男です。

お話の流れをザッとまとめるとこんな感じ。

「歌喜劇」聞きなれないその言葉通り、市場三郎はわたしが今まで触れたことのない新しいジャンルの舞台でした。突然歌い、突然踊る。しかしそれに特に意味はない。所謂普通というものが通用しない。セットがなくともここがお風呂だと言えばそこは温泉浴場になり、椅子に座りこれは車だと言えばそれは自動車になる。卓球対決をしようにも肝心のピンポン玉はない。演者の視線と仕草と音だけでピンポン玉はさもそこに飛んでいるように錯覚する。動物も海の波も出来る限りをひとが演じる。ジャニーズ以外の舞台にほとんど触れてこなかったわたしには全てが新鮮で衝撃的でした。頭を何かでガツンと殴られた。目の前がチカチカした。これはすごいことや。(CV藤井流星)そんな舞台の真ん中に、わたしの大好きな自担が立っていた。

初日、顔に緊張していると書いてあった濱田くん。客席に視線を落とす余裕もなく、あんなに緊張している濱田くんはなかなか見たことがないかもしれない。そんな濱田くんは市場三郎の大千穐楽、カーテンコールの挨拶中に言いました。自分に自信がついた、と。どこの現場に行っても怖くない、と。自分に自信がなくて、すぐ卑下したり自虐に走ったり、濱田くんの謙虚さはどこからやってくるんだろう、といつもヤキモキしていた。こんなにかっこよくてかわいくて、優しくて何でも出来て人に慕われて愛されて、それでもなお自己評価の低い濱田くんがずっと不思議でたまらなかった。今でもそれが完全になくなったわけではないけれど、それでもこの市場三郎をきっかけに濱田くんは変わると確信している。



1年前の今日は市場三郎のしょに初日だった。ここまでは1年前のわたしが書いた。大千穐楽から1ヶ月後くらいに、思い立ってあらすじと感想を書き殴った。書いたら満足してしまい、下書きに入れて保存してたんだけど、せっかくだからお炊き上げ。